不自由さを共有する世界~電信バンド

アマチュア無線の世界には、「CQ」という、他の世界にはおそらくあまり無い「特殊なコミュニケーションのための手順」があります。

それは、たとえて言うと「私に声をかけてください」というプラカードを持って、渋谷とか心斎橋の繁華街を歩くようなものです。

雑踏の中に話し相手を探しに行くわけです。 誰と話をしたいかによって行く場所を変えると、希望の人に会える確率が上がります。 新大久保とか六本木あたりでそれをやれば半分以上は外国人があなたを呼び止めるかもしれません。

これには、会話慣れしている人であっても、ちょっとばかりの勇気が必要です。 もしかしたら呼んでくるその人は、いきなり貴方にマシンガントークを炸裂させるかもしれないし、赤ん坊みたいに語彙の少ない人かも知れません。 いやなら貴方と相性のよさそうな身なりで、ニコニコしながらプラカードを掲げている人に声をかければいいだけの話です。

 

ネット上でも、オンラインチャットのサイトはあちこちにあります。 私は、使ったことはありません。 でも、「どこの誰です」と堂々と掲げて出ている人はそこには居ないでしょう。 匿名性ほぼ100%の世界です。

ところが、アマチュア無線は放送局と同様、「呼出符号(コールサイン)」というものを使っていて、国名はおろか総務省のサイトで市町村までわかりますし、アマチュア無線連盟の局名録に掲載承諾している人は住所氏名までわかります。 コールサインを使ってやっている限り、匿名性はほとんどありません。

想像してみて下さい。 渋谷ハチ公前のスクランブルのあちこちに、プラカードを持った人が「私を呼んでください」という人が立っていて、道行く人はみなパーティー会場で配られるような名札を胸につけて歩いている・・・それが、アマチュア無線のバンドなわけです。

そしてその中で、この200年昔の人がつくった「・」と「ー」の組み合わせの符号を使えば(このモールス符号という、現代では不便な代物をあえて覚えるという「不自由さを共有」する気持ちがあれば)、たとえあなたがたとえ目が見えなくても、耳が聞こえなくても、話せなくても、いつでも「私を呼んでください」というプラカードを持って、ハチ公前に立ち、呼んできた人と「符号で話をする」ことができるのです。

 

この「不自由さを共有する」という200年前の電信のプロトコルは、「自分自身の幸せを追求する私は正しい」をすべての人が実行し、結果として不幸の多い世の中になってしまっている現代にとって、何らか示唆を含んでいるような気がしてなりません。

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